新卒ニート女子ブログ

人がなんのために恋愛するのか知りたい

結婚をして幸せになれる人がほんの一握りなワケ

恋愛って、ふたりの関係が発展していくと、それに比例してなんでかお金がかかってくるようになると思う。

 

関係成立→同棲→結婚→子育てのステップを、フルコースで順に踏んでいくとすると、お金が絡む幅ってどんどん広がりますよね。

相手のことが好きで、恋人関係をただ継続させるだけで済むなら、出費はふだんはデート代くらいだけなのに。

 

大きな出費も、これからの季節であればクリスマスのプレゼントくらいだろうけれど、そのプレゼントが指輪になった瞬間から、お金に追いかけられる生活が始まるの、なんなんだろう。

はじめは好きとか安心したいって気持ちだけなんだけどなあ。

 

愛奴隷 ~ウワサどおり結婚したら奴隷生活~

結婚とか出産とか、「恋愛にお金が絡んでくる」時点から、関係がおかしくなるんじゃないのかな。

きっと恋愛が本来あるべき姿ではないんだと思う。

 

結婚すると、家庭の人間関係が「共同生活者たち」という意味合いになってきて、共同生活ができるかできないかが、関係が存続できるかできないかの判断基準になるらしい。

もう相手が好きかとか、生物的に魅力があるかどうかなんて関係ない。感情や本能の範疇を超えたところで、社会的な恋愛をするらしい。

 

そう考えると、婚活をするときに相手の年収とか健康状態とか、条件ばかりが気になってしまう女性の気持ちも、なんとなくわかる気がする。

より家庭のほうに価値を置く女性は、相手が稼げるかどうかって現実問題として大事よなあ。。。

 

職場にもいるんだけど、家庭を維持するためとか、子どもを養育することだけのために働いている人って、本当に幸せなんだろうか。

それが本質的な幸せなんだろうか。

 

みんな、共同生活のための恋愛奴隷なんだと思う。

 

たとえ純粋な気持ちで初期恋愛を始めたとしても、それが社会的な恋愛に移ってしまえば、恋愛的な義務が生じる。

お金を稼いだり家事をしたり子どもを養育しつづけることが義務化して縛られてしまえば、もう奴隷だと思う。

 

自由は、ふたりが契約をむすぶ前の初期恋愛にはあるんだろうなあ。

 

なんでこんなこと考えてるのかって、私は彼氏と結婚して、幸せになれる確信が持てないんだと思う。

 

愛奴隷に希望を持つのは、労働奴隷だから?

私は「新卒ニート女子」ブログをしているけれど、けっきょくは既卒ブラック企業に就職をして、いま働いている。

私が去年まで働かなかった理由は、もちろん恋愛とはべつのところにも、いろいろと疑問視していたことがあったからなんだけど、基本的には「目的がない」ことが大きな理由だった。

 

生活の糧を稼ぐ以外に「働く意味」がわからない。

 

でも、いま事実としてわかっているのは、こんな劣悪な労働環境でもなんとか働き続けられているのは、恋人の存在だ。

「恋人といつか結婚して、幸せな家庭を築きたい」とか思うから、世間体を保つためとかいろいろな理由をつけて、働くことをギリギリ維持できている。

 

 

私は、じぶんが無意味に働いている気がするから、やるせなくて、むりやり「働く意味」をどこかに擦り付けたいんだと思う。

 

だから、「恋人といつか結婚して、幸せな家庭を築きたい」なんて夢想して、仕事自体に向き合わないで、問題解決を図っている。

愛奴隷になったら、労働していることに「意味」を持たせることができるから。

 

じぶんの人生にとって、とくに仕事自体が大きな価値をもっているわけではないのに、けっこう長い時間を仕事に割いているわけだし・・・今後の何十年もそうなる想定とかもしちゃうし・・・、なんか後付けで理由が欲しくなるのかなあ。

  

あなたが社会的恋愛のために労働する理由が知りたいです。

すくなくとも目的もなく働いている人は、その目的に恋愛を据えがちだと思う。育児のためとか、妻を養うためとか。

働いているかぎり、恋愛の形もだんだん社会的になってくると思う。

 

でも、お金を稼ぐ理由に、恋愛を据えてしまって、本当に幸せな人生を送れるんだろうか。

 

私は元ニートだから、労働について真剣に考え過ぎてしまっているのかもしれないけれど、お金を稼ぐってはんぱなくツラいことだと思うのよね。

人生はいくら長いと言っても、けっこう長い時間をかけてするものだろうし。

 

そんな、じぶんの人生にとって一大事なことを、結婚とか子どもとか「恋愛」のためだけにして、あとで高齢になったときとかに後悔しないか心配になる

 

じぶんの人生をある意味、犠牲にしてまで果たすべきことなんだろうか。

結婚したり出産したり、いわゆる家庭を持つ幸せみたいなもののために労働すると、死ぬときに満足して死ねるのだろうか。

 

ニート時代に働くお父さんたちの悩み相談をしていて、本人の違和感が停止するくらい奴隷的な生活をしている人たちの話を聞いてきたけれど、けっきょくのところ結婚生活をすること自体が、じぶんの幸せを確約してくれるわけではないんだよね。

 

もちろん「妻や子どもがいることが幸せ」とかあるんだろうけど、それってあくまで家庭の幸せで、じぶんの幸せではないから、本質ではないのだと思う。家庭が崩壊したら消えるし。

幸せはじぶん以外のだれかに依存させると、危険なんだと思う。

 

結婚している人で働いている人って、「何のために働いているのか?」知りたい。

それに向かっているじぶんへの、自戒も込めて。